2003年1月の今週の一枚
2003年
1月
グリエール/12の二重奏曲(2Vn)Op.49
同/10の二重奏曲(2Vc)Op.53
同/8つの二重奏曲(Vn、Vc)Op.39
 南アフリカ室内楽協会
 DISCOVER DICD920526
(※このCD、ひょっとしてぼくが購入したものだけかもしれませんが、Op.39の終わり2曲にちょっとした音のひずみがあります。これさえなければ、大手を振って推薦できるのに。)
 弦楽アンサンブルの王道といえば、そりゃクァルテットorクィンテットでしょう。しかし、自分でアンサンブルを組んで演奏するとなると、クァルテットですらメンツ集めや練習設定が大変。
 そこで弦楽デュオです。自分と、そのあたりでヒマそうにしている奴を誘えば、それで成立。練習設定も簡単。おまけに、Va男子が意中のVn女子をアンサンブルを口実に誘うという、下心ミエミエな行為だって可能だ。おぉっ、なんてすばらしいんだ、弦楽デュオ。自分で書いていてやりたくなってきてしまったぞ。Vn女子とな。
 ただ、意外とオモシロイ曲が少ないのが弦楽デュオの悩みだ。まず、ぼくの好きな19世紀後半あたりのロマン派デロデロの時期の曲が、皆無。とりあえず、レパートリーが固まっているのが、モーツァルト周辺の古典派期。だめだ。露室楽編集長のぼくは、この時期の曲で妥協するということを、潔しとしない。だからといって、コダーイ、バルトーク、プロコフィエフなどの近代にいきなり飛んでしまうのも、いかがなものか? だって、こんな名前並べたら、Vn女子が拒絶反応起こしちゃうでしょう。いわんやシュニトケをや。
 そこで、今週紹介のグリエール(1875〜1956)っす。ベルギー系移民の子としてウクライナに生まれたグリエールの作風は、20世紀にありながらチャイコフスキーやラフマニノフのそれを引き継いだ19世紀然としたもの。そう、ここに挙げた3曲の弦楽デュオはすべて、19世紀の残り香のする数少ないデュオ作品なのだ。
 たとえば、作曲家34歳のときに書かれたOp.39のデュオ(Vn、Vc)。第2曲「ガヴォット」は、バッハの無伴奏組曲を彷彿とさせる主部に、バッグパイプのような効果のトリオがついて、チャーミングこの上なし。第3曲「子守唄」は、ゆったりと揺れるゆりかごを模したようなチェロの伴奏部に乗ったヴァイオリンの美しいメロディが聴きもの。このあたりは、まさにチャイコの嫡流後継者といった感じ。第5曲「カンツォネッタ」・第7曲「スケルツォ」のダイナミックさも、弦2本でここまでの効果をあげたという点で秀逸。色調豊かで、ところどころラテンの香りがするところも、やっぱりチャイコに似ている。
 併録の2Vn(Op.49)、および2Vc(Op.53)のデュオもええ曲ですよ。同じ楽器同士なので、どうしてもOp.39に比べると地味な印象ですが。
 Op.53とOp.39については、譜面も出ていていずれも入手易。VnもしくはVcに意中の人がある方、グリエールのデュオに彼女を誘ってみるのはいかが? グリエール……あんまりロシアっぽくないオシャレな響きの名前で、彼女がホイホイついてくること請け合いさ(本当か)。
 などとくそ親切に書いてきましたが、グリエール、Vaつきのデュオ曲書いてないじゃん。だめじゃん。オレが誘えないじゃん、Vn女子。
〜2003年1月第4週紹介〜
ミャスコフスキー/弦楽四重奏曲第2番ハ短調Op.33-2
同/弦楽四重奏曲第6番ト短調Op.49
同/弦楽四重奏曲第10番ヘ長調Op.67-1
 タネーエフSQ
 Russian Disc RDCD11031
 第2、第6、第10番という、一見して初期・中期・後期がゴッチャに詰め込まれたような印象を受けるディスク。その実、もっとも若いときに書かれているのが第10番(1907年、作曲家26歳のときに着手、1945年に手を加えて完成)というから、話はいよいよフクザツめいてくるのだ。
 さて、ここのところ夢中になって聴いていたのが、1940年(59歳)に書かれたという第6番。このディスクの3曲の中でも、出色の作品ではないかしらん。第1楽章はあまりにも高貴で、そして孤独だ。第2楽章「ブルレスケ」は、メカニカルな伴奏部に支えられたユーモラスな楽想が心地よし。憂鬱な第3楽章は、この楽曲全体の白眉ともいえる深遠な楽章だ。出だしのヴィオラ・ソロ、弾いてみたい! 第4楽章、これがまたいい。決然と闘争心をむき出しにしたロンド主題(A主題)は、マーラーの第9交響曲の第3楽章を彷彿とさせます。カンタービレのB主題との対照もまた見事だ。
 オドロオドロシイ出だしで始まる第2番(1930年、49歳)は、ある意味もっともミャスコフスキーらしいのかなあ。聴くものの感情移入を拒むような晦渋さと過度の叙情性が、えもいわれぬ“いなたさ”を醸し出して、かなりとっつきにくいッス。
 その点、「実は若書き」の第10番は輝きに満ちた、平明で素直な作品。第1楽章などはベートーヴェンの「ハープ」四重奏曲に通じるような、駄作との紙一重まで切り詰められたシンプルさの極致。この曲のスケルツォも特徴的なリズムが素敵だ。ミャスコフスキーは、ベートーヴェンやドヴォルザークにも匹敵するスケルツォ書きの名手なんじゃないだろうか。歌心に満ちたアンダンテの後に続くのは、正調ロシア風のクァルテット終楽章。フーガを交えた16分音符のせせこましい楽想は、グラズノフの第5クァルテットの終楽章にそっくり。なんてこと書いても、わかる人いないか(苦笑)。
 さて、“入手困難”と巷ではささやかれているミャスコフスキーの弦楽四重奏曲ですが、Amazon.com のZ-shop に、中古品がこんな感じで置いてあったりします。第10番あたりからミャスコフスキー入門というのはいかがですか?
〜2003年1月第3週紹介〜
グラズノフ/弦楽四重奏曲第2番へ長調Op.10
同/弦楽四重奏曲第4番イ短調Op.64
 ショスタコーヴィチSQ
 Olympia OCD173
 このディスクに2曲収められた弦楽四重奏曲のうち、“華”があるのは、だんぜん第2番のほう。
 この才気走った作品(第2番)を初めて聴いた人の多く(ぼくがそうです)がまず目を止めるのは、息をも継がず歌われる、第4楽章冒頭のヴィオラ・ソロではないかしらん。おそらく、グラズノフが書いたメロディの中でも、恥ずかしくなるくらいに純ロシア的最右翼。チャイコにもボロディンにも、こんなめくるめくロシアなメロディは書けないぜ。かといってカリンニコフのように盲目的にロシアでもなく、ちょいと理知的な匂いがするところもニクイのだ。
 かつて一緒にこの曲を弾いたこともある盟友オカバヤシは、そのとき第3楽章の中間部に恋してしまったようだ。たしかに、ヴィオラのカデンツァ風ソロからつむぎ出される夢見るようなメロディは、それまでの悲歌的な世界から、聴く者を天界のハーモニーへと誘うかのよう。オカバヤシは、この中間部を
〜「3楽章第2主題の儚げな夢幻の世界は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番2楽章を予感させる素晴らしいものです。」〜
    (20世紀ウラ・クラシック![オカバヤシの盤評サイト]から無断引用)
と評しているけれども、たしかにちょっと似ているかもね。でも、だんぜんグラズノフの方が美しいよ。中間部が最高潮に達するチェロとヴァイオリンの“対話”はため息が出るほどに美しいし、以前この曲を弾いたときも、そこでバス・パートを弾くしかないヴィオラとしては、ちょっとした嫉妬心があったのだよ。二人の親密な“対話”に。
 ほとんどの紙面を第2番(の3・4楽章)に割いてしまったあとで、付け足しのようで曲に対して申し訳ないが、第4番も味わい深くていいすよ。グラズノフの交響曲の中でももっとも劇的な描写性を持つ「交響曲第6番ハ短調Op.58」と成立時期が近く、この曲もドラマティックなのだ。でも、両端楽章のまったりとした厭世観がこの曲全体を灰色がかった地味なものにしてしまっていて、ちょっとその劇的要素をわかりづらくしている。ま、通好みの作品だね。
 「四季」や「Vn協」などよりもずっとグラズノフ・ファンを増やしてくれそうなこのディスクは、目下廃盤中。中古屋で見つけたら、即買うべし。見つからない場合は、楽譜を買って、弾ける人は弾こう。弾ける友達がいたら弾いてもらいましょう。絶対それだけの価値があるって。などと逆上気味のお節介を書いてしまうほどに、ぼくにとっては思い入れの深いディスクなのだ。
〜2003年1月第2週紹介〜
シュニトケ/「イーゴリ・ストラヴィンスキーの思い出によるカノン」
ストラヴィンスキー/3つの小品
ボロディン/「スペイン風セレナード」
       (以上、下記文中紹介以外の曲)
 ボロディンSQ
 TELDEC 4509-94572-2
 (邦盤タイトルは、「アンダンテ・カンタービレ〜
  ロシアへの誘い」[WPCS-21067、廉価版])
 えー、2003年初紹介のディスクです。
 ボロディンの「ノクターン」、チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」といった“超”有名曲から、このCD以外ではなかなか聴けそうにないマイナー・プログラムまでを収録した、珠玉のオムニバス集。1995年の発売当初、CD屋の店頭で感涙にむせんだものです。
 初っ端は、“定番”のボロディンの「ノクターン」。2曲目でいきなりシェバーリンの弦楽四重奏曲第5番「スラヴ風」の「スケルツォ」という痛烈なパンチを脳天に食らう。その後、ラフマニノフの「ロマンス」や、プロコフィエフのピアノ曲「束の間の幻影」のクァルテット編曲版(しかもバルシャイ編)などという軽いジャブを受けつつ、ワインベルグの弦楽四重奏曲第7番の「インテルメッツォ」で前半戦ながらダウン。もうメロメロっす。
 編曲ものでは、ほかにチャイコのピアノ曲「子どものためのアルバム」からの抜粋が入っているのも嬉しい。同SQの創設時のリーダー、ドゥビンスキーの手による編曲で、彼らの演奏による全曲盤も出ています。
 あと「聴くべし」的演奏は、グラズノフの「5つのノヴェレッテ」の「ワルツ」かな? ボロディンSQは他SQとのレパートリー的縄張り意識からか、もしくは単なる趣味的問題からか、グラズノフの録音はほとんどない。他SQの演奏よりもたおやかかつ上品な演奏だ。それにしても、5曲中の1曲として聴くとちょっとさえない印象を受けるこの「ワルツ」だが、抜粋単品で聴くとココロに迫りくるような存在感を持つのが不思議だ。
 めくるめくロシア小品紀行の最後は、ショスタコの「2つの小品」でシメ。バレエ曲「黄金時代」のポルカの作曲家自身による編曲が笑かしてくれます。
 ボロディン&チャイコの二大看板で客を引きつつ、その実、非常にマニアックなマイナー路線なのが微笑ましくも嬉しい。ここまでやるなら、グリエールやミャスコフスキーも! というのはないものねだりか?
 第九→ウィンナ・ワルツ→オペラ・アリアという、“音友的”年末年始クラシック・プログラムに食傷気味の貴兄・貴女。「おせちもいいけどカレー」的なノリで、露室はいかが? 今なら、邦盤で廉価版(\1,000なり)も出てまっせ。
〜2003年1月第1週紹介〜